大腸がん名医ランキング<東京病院編>
東京の大腸がん名医ランキング。
信頼できる診断・治療を受けられるための基準にもとづいた評価で、地域別に病院を評価、あなたの病状や居住地に合った医療機関を見つけてください。
大腸がん名医を見つけることは、患者としてはもっとも優先すべき急務です。
まず診断が間違っていたのでは話にならないが、誤診ということは世間では往々にしてあるものです。
長谷川愛さん(仮名)もまた、そんな不安を抱える1人でした。
診断によって、現状を正確に把握し、今後の治療方針を決めるということは、そこから質の高い医療機関で行ってもらいたいというのが長谷川愛さんの願いでした。
どうにかして東京の大腸がん名医を見つけ出し、再び診察からやり直してほしいと願ったのです。
セカンドオピニオンも受けては見ましたが、評判などいいのか悪いのかまるで分からない医師2人に見てもらっただけなので、結局割り切れない気持ちのままでした。
このままセカンドオピニオンをいくつもの医療機関で受けつづければ、少なくとも誤診のリスクはなくなるだろうと長谷川愛さんは考えていましたが、同時にこんなことを繰り返していたのでは身体もお金も持たないという本音も抱えていました。
一つの病院で済むはずのところ、複数に足を運ぶとなると、経済的な問題や時間的な制約を無視することはできません。
そんな問題を解決するためにも、東京で大腸がん名医のいる病院を見つけ出すことが必要だという確信が、長谷川愛さんの中で膨らんでいったのです。
できれば身近なところで見つけるのが理想です。
相手がいる場所がニューヨークやワシントンと言われても、英語など話せませんし、宿泊費や旅費を含めて治療費がいくらかかるか分かったものではありません。
東京で大腸がん名医を見つけ出すというのが、長谷川愛さんの描いた最善の案でした。
かつて電車の中吊り広告で、週刊誌が病院の格付けをしていたことを思い出しました。
その当時は興味がなかったので、コンビニや本屋でその週刊誌を手にすることはありませんでしたが、長谷川愛さんはおぼろげな記憶の中でその中吊り広告の内容を必死に操っていました。
たしか全国病院ランキングというようなものだったような記憶で、大腸がん名医ランキングに特化したものでもなければ、地域を東京に絞ったものでもなかったような気がします。
病気と地域を特定したのでは、全国紙としてはターゲットが限定されてしまって取り扱えない記事ということになるでしょうし、そうなるとその週刊誌を手に入れることができたとしても、あまり参考にはならないかと、長谷川愛さんはため息をつきました。
諦めとともに、こんな少ないヒントでは過去の週刊誌を見つけ出すことなどできないという新問題にぶつからなくて済んだ安堵との入り混じった感情でした。
東京で大腸がんを見つけるには、週刊誌等では難しそうだというのが、彼女の下した結論です。
それでも患者としての習性で、希望が少しでもあるところは気になるものです。
買い物帰りに用もないのにコンビニや本屋によって、週刊誌の表紙だけざっとチェックするようになりました。
若い頃には雑誌といえば女性ファッション誌が注目の的でしたが、今ではananもJJもまったく無視で、東京大腸がん名医ランキングという文字の載っていそうな週刊文春や週刊新潮などに目が行くようになっています。
闘病生活とはいえ、まだ日常の暮らしに支障をきたすほど病状が進行しているわけではなかったので、長谷川愛さんが病気による影響を受けたのは医師からの告知という事実からでした。
ただ、それでもいずれはこんな暮らしもできなくなるという不安や危機感は抱えていましたし、どうにかしなくてはという思いはありました。
それが週刊誌で東京の大腸がん名医ランキングを探すという行為に至った原因でしたが、それが実を結びそうにないと分かった後も、何もしないで無駄に過ごしていたわけではありません。
病院同士のネットワークと、インターネット。
これが長谷川愛さんが週刊誌の次に考えついた情報源です。
病院同士であれば、当然一般人よりも多くの風評が入ってくるはずです。
出入りする業者もいますし、製薬会社だって複数の病院に関係を持っています。
そうなると、大腸がん名医の噂を医療関係者であれば耳にする可能性は高いはずです。
残念ながら、長谷川愛さんには身内や知り合いに医療関係者はいなかったため、とりあえず通院している病院で尋ねてみました。
「東京に大腸がん名医がいるという話は聞いたことがありませんか?」
主治医に質問するのは相手を認めないと暗にほのめかしているようで後ろめたかったので、診察の帰りに受付の女性についでを装って尋ねてみました。
さあ、という気のない返事が返ってきたのは、予想の範囲内ではありましたが、やはり心の片隅で落胆した部分も残っていました。
「お宅の先生は評判はいかがですか?」という言葉が喉まで出かかりましたが、さすがにそれは失礼だろうと泣く泣く飲み込みました。
もし仮に、大腸がん名医どころかヤブ医者であり、それが看護婦や受付など皆に周知の事実であったとしても、通院している患者に明かすわけにもいかないでしょう。
そんなことをすれば、受付の女性の責任問題にもなりかねません。
長谷川愛さんは心からすべてを相談できる相手がいないことに孤独を感じながら、帰路に着きました。
残る道はただ一つ、インターネットです。
グーグルの検索で大腸がん名医と打ち込み、ホームページを見ていきました。
医療機関が設置しているサイトもあれば、個人が運営しているサイトもあります。
病院が自分で設置しているホームページを見ても、それは売り込みのようなものでしかないので、あまり期待はできないと判断し、長谷川愛さんは飛ばしていきました。
注目したのは、個人サイトです。
ブログが普及したおかげか、大腸がん闘病記は多く見つかりました。
そこには、生きようと懸命な患者の生の声が記されています。
大腸がん名医について言及しているものも少なからずあります。
長谷川愛さんはそれらに食い入るように目を通していきました。
自分と同じように運命に試練を課された先輩達は病気とどう向き合い、どんな経緯をたどっていったのか、患者としては興味を持たずにはいられないものがあります。
東京の大腸がん名医がいる病院で、なおかつ病院名や所在地、医師の実名が載っているものがベストですが、個人情報等の問題もあるでしょうし、そこまでの期待はしていませんでした。
それでも、情報は集まってきます。
長谷川愛さんの中で、これで前に進めるという確信が強まってきました。
まだ終わりなどではない。
大腸がん名医はきっと見つかるし、東京がダメなら足を伸ばせばそれでいいだけの話。
まだ人生は終わらせないと、心に強く誓い、生きる希望を大きく育てていきました。
そして、彼女がたどり着いた情報―